Yの悲劇(バレンタイン編)
注:このSSは、できれば「望のばれんたいんぱにっく!」を先にお読みください。

 2月14日。日本全国チョコレートまみれの日だ。
 きらめき高校もご多分にもれず、朝から女生徒たちが騒ぎたて、それ以上に男子生徒たちがお互いを牽制しあっていた(^^;

 馬場正平は自分の下駄箱に入っていた紙袋を満足げに手に持ちながら、ふと隣の席を眺めた。
 隣の席−早乙女好雄は、今日は休みだ。
 いつもナンパに勢を出し、彼女GETに全力を注ぐ好雄が、この良き日(バレンタイン)に欠席とは、正平にはとても納得がいかなかった。
(普通に考えれば、例え火事があろうが地震があろうが平然と学校来てチョコ奪取に命をかけるような奴なんだが…)
 正平は、もう一度隣の席を見て、軽く首を捻った。

 結局。
 正平は、好雄の家にお見舞いに行くことになった。まあ確かに好雄のことが気になるのも確かなのだが、どちらかというと、義理堅い女の娘達から預かったチョコを届けに行くってほうが用としては大事かもしれない。

「せんぱ〜〜い!!」
 帰りがけ。校門の辺りで、後ろから好雄の妹−早乙女優美に呼びとめられた。
「やっと捕まえたよ、先輩!はい、チョコレート♪」
 優美が、可愛くラッピングされたチョコレートを、正平の胸元に押しつける。
「あ、ありがとう優美ちゃん。今日はもう帰り?それなら家まで送るよ。」
 送る、といっても正平の目的地は正にその早乙女邸なのだが、せっかくと思って優美を下校に誘う。
「え〜、いいんですか?やったぁ!先輩と一緒にお帰り、うれしいなっと!」
 まるで小学生のような喜びかただ。まあ、その辺が優美の可愛いところでもあるが。
「実は、好雄に用があるもんでね。…ところで優美ちゃん、好雄は今日は病気か何か?」
 そういえば何故好雄が学校を休んだのか、肝心なところはまだ知らないままだったのを思い出し、正平は優美に尋ねた。
「え…ま、まあ、お兄ちゃんでも、たまには病気することもあるんだね(汗」
「(…変な優美ちゃん。)」
 優美はなにか慌てたようだったが、それについては余り気にせずに、帰りの道を急ぐことにした…

「おっす、好雄!チョコレートの宅急便だぞ〜」
 正平は、好雄の部屋のドアを開け、おどけた調子で言った。
「あ…正平か。悪いな、わざわざ。」
 好雄が、げっそりした顔で答える。一見して調子が悪そうのが判る。
「朝日奈さんとか、チョコ持ってきてくれた人がすごく多いからさ。様子見がてら届けに来たって訳。…ちなみに、本命っぽいのは1個も無かったぞ(笑」
 これは本当。単純にチョコの数だけなら、好雄はきらめき高校で2番目(1番は、トラック一杯貰うからなぁ…)かもしれない。但し本命率が0%というのが、普段の好雄の行動を端的に表しているといえる。
 しかし、正平がどさどさと広げたチョコレート(義理)を見ると、好雄はまるで嫌なものでも見るように、
「わわわ!頼む、チョコはしまってくれ!!」
と叫んで、後ろを向いてしまった。
「…どうしたんだ?お前らしくもないな。だいたい、今日はどうしたんだよ、バレンタインに休むなんてさ。」
 正平は、好雄の様子を見て、言われた通りチョコを片付けながらつい尋ねてみる。
「…実はな、正平…俺はもう当分!チョコなんか見たくもないんだよ〜!!」
 好雄がベッドから飛び起き、正平に向かって「悲痛」という文字が見えそうな勢いで叫んだ。
 と、途端に腹を押さえて、苦しそうにする。
「もう、お兄ちゃんってば何大声出してるの?あ、先輩、お茶が入ったよ〜」
 そのとき、優美が紅茶の入ったカップを持って、部屋に入ってきた。ちなみに好雄の分は、水と『征露○』だ。
「あ、優美ちゃんありがとう。今日はチョコくれたり、サービスいいなあ。」
「あ〜、酷いですよ先輩!いつもは優美が何もしてないみたいじゃないですか!」
 正平が優美をからかって遊んでいると、横から好雄が口を挟んできた。
「…ちょっとまて、正平。お前、優美からチョコを貰ったのか?」
 好雄の口調がマジだ。
正平は、(あ、やっぱり妹が他の男にチョコやるなんて、面白くなかったかな…)
と思い、慌てて
「何言ってんだよ、義理チョコだよ義理チョコ!心配するなって、好雄!」
とフォローを入れる。
 ところが、好雄は急に真剣な顔付きになって話し始めた。
「そうか、正平…それなら、俺が今日学校を休んだ理由をちゃんと話さんとイカンな…」
 それを聞いて、優美の顔が少し強張る。
「実は俺が今日死にそうになってるのは、き」
「せ、先輩!さっき雨降りそうだったですよ!ちょっと窓の外見てもらえます?」
 好雄の言葉を、慌てて優美が遮った。
 なんだろう、全然天気なんか悪くないのになあ…と思いつつも、正平が立ち上がり、外に視線をやる。
 その瞬間。
「優美ボンバー!!!」
「あぐぅぐはぼえがぁ!!!!!」

 背後で、何か大きな音が聞こえた。
 何事かと思って正平が後ろを振り返ると、何事もなかったように紅茶をすする優美と…ベッドに倒れてピクリともしない好雄の姿があった…
「あ、先輩、お兄ちゃんまた疲れて寝ちゃったみたいです。ごめんなさいね♪」
 優美が、平然と言う。視線が泳いでいるのがちょっと気にかかった。
(…空耳?…)
 正平は若干疑問を持ちつつも、
「そうか、それじゃ好雄によろしく言っておいてね。」
と、好雄の家を後にするのだった。

 次の日。
 辛うじて復活した好雄の隣の席は、やはり空席だった。
「だから、優美のチョコは食うなって忠告しようとしたのにな。まあ、これで少しは鈍いのも治ればいいが…」
 好雄の独り言が、A組に空しく響いた…

FIN

 さらにオマケ
 正平が休んだことを知って、G組の1人の少女が、自分のチョコのせいかと思って一日中罪悪感にさいなまれていたのは、また別の話である(笑

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