望のばれんたいんぱにっく!

 まだ、冬も真っ盛り。吐く息も白く、見た目にも寒さが伝わってくる。
 ここ、きらめき高校でもそれは同じで、生徒達も皆厚着をして、暖房設備の不備を恨みながら日々の生活を送っている。
 そんな中、最近は生徒たちもにわかに活動が活発になってきた。
 それは…

「Hi、望!!」
「あ、なんだ彩子か。」
 呼びかけられた少女−清川望−は、廊下の端から駆けて来る友人に目をやった。
「なによ〜、なんだとはご挨拶ね。ねえ、今日は部活あるの?」
 一方の少女、片桐彩子はさっと望の隣に並びかけ、顔を覗き込みながら尋ねた。
「いや、今日はそのまま帰るよ。さすがに冬場は水泳部も筋トレばっかりだからね。毎日やったりはしないよ。」
「OK!じゃ、今日は一緒に帰りましょう。ちょっとShoppingに付き合ってよ。」
 返事を待つまでも無く、彩子はもう望の袖を引っ張って、下駄箱に向かおうとしている。
「ちょ、ちょっと待ってよ!行くのは構わないけどさ、何買いに行くんだ?」
 望にとっては至極まっとうな質問だった…が、彩子は『そんなことも判らないの?』という顔で望を見つめた。あと5分もあれば、望の顔に穴でもあきそうだ。
「あのねぇ望、今日が何日か知ってる?今日はもう2月13日、この時期の買い物といえば…」
「買い物といえば?」
 10秒位は考えてただろう。そのうち彩子がじれったそうに口を開いた。
「Unbelievable、信じられないわ!!チョコレートよチョコレート!!それとも望は水泳のやり過ぎでバレンタインデーっていう国民的なイベントとは無縁の世界にいるの!?」
 大声で一気にまくし立てられ、望は思わず片耳を塞いだ。
「あ、ああ。そういえば…って、何、私が誰かにチョコレートをあげるの!?ははは、そんなの貰った人が迷惑に思うだけだよ!」
 ちょっと照れた感じで望が言う。
「What、何言ってるの。…今年はあなたにもあげなきゃいけない人がいるんじゃないの?」
 彩子は一歩望に近づいて小声で言った。たちまち望の顔が赤くなっていく。
「まあ、そういうことよ。そうと決まれば、HurryUp!早く行くわよ!」
 彩子は望の後ろに回って、背中をぐいぐい押した。
「わかった、わかったから!せめて鞄くらい取ってこさせてよ〜」
 望は、既に今日は彩子に振り回されてとんでもない日になるのを予感していた(笑

 …とまあ、きらめき高校にも世界中と平等に、2月14日・バレンタインデーという女の娘のためのイベントは巡ってくるのであった。

「ところで、望は今まで男の子にチョコをあげたことってあるの?」
 商店街への道すがら、彩子が問いかけた。
「え…な、ないよそんなこと!大体、私みたいな男女にチョコ貰って嬉しい奴なんか…」
 慌てて望が否定する。どうも、こういう話題は苦手だ。
「全く、いつも言ってるじゃない。望は私が知ってる女の娘の中でも、かなりPrettyでCuteなんだから、もっと自信持ちなさいよ!」
 彩子が飽きれた顔で叱咤する。
「まあそれはともかく…それじゃ望のチョコは手作りで決定ね。」
 その言葉を聞いて、望が目を丸くする。
「え〜〜!!なんでだよ、バレンタインってのはその辺で売ってるチョコをあげればいいもんじゃないのか?大体私が不器用なのは彩子だって知ってるだろ!」
「まあ、それはそうなんだけどね。」
 彩子は、「不器用」という点については否定せず、続けた。
「今日び、Primary Schoolの娘だって手作りチョコくらい作るわ。高校生にもなって、初めてあげるチョコレートなら、当然手作りよ。当然!」
 何故か、彩子の方が盛り上がっている。
(チョコあげるのは、私なんだけどなあ…)と望は思った。
「まあ、手作りって言っても、溶かして固めるだけよ。これができないようじゃ女じゃないわ。Relax、気楽にいきましょ。」
「そんなに簡単なのか?」
 望が半信半疑で問いかける。何時の間にか彩子に押しきられて、手作りチョコを作ることに決定していることにも気付いていないようだ。
「No Problem、全然問題無いわ。いざとなったら、私も助けてあげるわよ。」
 彩子は軽く請け負ったが、いつもの言動からしてこれが全く当てにならないことを、望は十分承知していた。
「そ…それじゃあ、とりあえず材料を買おう。ちゃんと教えてくれよ?」
 望は不安げに言った。
「OK、大船に乗ったつもりでまかせといて!…それじゃ、とりあえずスーパーでいいわ。さっさと買い物は済ませちゃいましょう。」
 二人は、そんなことを話ながら近場のスーパーマーケットに足を向けた。

 さて、材料も買い終わって、望は家に帰っていた。
 彩子は、『私?私はまだ自分のチョコを買ってないもん。望は早く帰って作り始めた方がいいわよ?』などといって、さっさと一人でどこかへ行ってしまった。
(助けてくれるって言ったのは、どこの誰だよ〜…)
 望は彩子のことをこれまでで一番恨みながら、机に並べたチョコの材料の前で硬直していた。
「ま、まあ彩子も『溶かして固めるだけ』って言ってたもんな。いくらなんでも、それなら私にだって!」
 望は覚悟を決めたように気合いを入れて、板チョコを手にとり、台所へ向かって行った…

 30分後。

「あ〜、このチョコレートめ!なんでいくらやっても焦げるんだよ〜!!」
 未だ第一段階をクリアできない望の姿があった。
 まあ一概に責められないのは、望が今まで料理などしたことがない、ということだ。望にとって、チョコをあらかじめ削っておく、とか、チョコは湯煎で溶かさなければならない、等というのは理解の範囲外なのだから。
「…こうなったら、最後の手段ね…」
 望は真剣な顔でそう呟くと、おもむろに電話に向かった。
ペポパポパペポポ……『Yes?』
「あ、彩子〜〜〜!!チョコが溶けないんだけど〜〜!!!」
………
……
 この後、「チョコがまだらになってる〜!!」(水気を混ぜない)「チョコが固まらない〜!!!」(ちゃんとテンパリングしましょう)などと、何度も彩子に電話をかける羽目になり、彩子をすっかり閉口させる結果になるのであった…

 日が明けて、バレンタイン当日。
「Hi、望!…なんだか眠そうね。」
 始業前、彩子が望を見つけて、駆けつけて来た。
「あ、彩子…結局、チョコ作るのに朝までかかっちゃって…」
 望が大きくアクビをしながら答えた。
「まったく、さすがの私も、望がこんなに料理オンチとは知らなかったわよ。」
 彩子は、まるで外人のするように軽く手を広げて、飽きれたように言った。
「で、ちゃんと完成したの?」
「ああ、一応ね…」
 望がぐったりした顔で答える。
「Great!大したもんじゃない。それじゃ、いつ渡しに行くの?やっぱり放課後?それとも休み時間?ああ、いっそのこと今から行きましょうよ!」
 その言葉を聞いて、望は少し頬を赤らめた。
「実は…朝完成したらそのまま学校に来て…下駄箱にいれちゃった…」
「Oh,MyGod!なんで直接渡さないの?それじゃ、望からって判らないじゃない!」
「い、いいよそんなの、恥ずかしいじゃないか!私は、自分で作ったチョコを食べてもらえれば、それで満足だから…」
「あ〜あ、あきれかえっちゃうわ。ライバルだって多いっていうのに…。まあ望にそこまで期待した私がバカだったわよ。」
 彩子は心底から脱力してしまった…

「望〜、お電話よ〜!」
 家に帰って、(ああ、やっぱり思いきって直接渡せばよかったかなぁ…)などと考えていた望を、母親が呼んだ。
「ん〜、誰?」
「ふふふ、誰でしょうね?」
 嫌な予感、と同時に胸がドキドキしてくる。母さんがこんな言い方をするときは、いつも…
 慌てて母親から受話器をひったくり、「はい、望ですけれど!」と叫ぶ。
『あ、清川さん?俺、馬場だけど…』
「しょ、正平?なななな、なんの用??」
 つい緊張の余り声が上ずってしまう。
『今日、チョコレートありがとう。凄く美味しかったよ。それだけ言いたくて。』
 え、何で私だって…
「い、いや、たまたまチョコ食べたくなって自分で作ったら、ちょっと多く作りすぎちゃって、おおお美味しかったなら良かったわ!!」
 後ろで母親が笑いながら望を見ている。望は、(向こうへ行って!)とばかりに、手で母親を追い払った。
「とととところで、何で私のチョコだって判ったの?」
 望は、素直に疑問だったことを聞いてみた。
『ははは、それは秘密。でも、きっとそうだなって思ったよ。一番嬉しかったよ。それじゃ、また学校でね。』
「う、うん。それじゃあ。」
 それだけいって電話を切る。
(正平、私のチョコだって気付いてくれて…しかも、美味しいって。一番嬉しいって。もう、最高の気分よ!!)
 望は思わずガッツポーズをしてしまった。それをまた母親が見ていて、望は真っ赤な顔で部屋へ駆けこんでしまった…

(なんでわかるの、って…そりゃ判るよなぁ)
 電話を切った後、正平はやや苦笑しながら残ったチョコを食べ始めた。
 いびつなハート形、不器用な包装のチョコレートは、正平にとって本当に今までで一番美味しいチョコレートだった。

FIN

戻る