秋の空も、だんだんと寒さを増していく頃。
 ここ、きらめき高校も二学期の中頃にさしかかり、文化祭なども終了して学期初めの頃の喧騒も落ち着いてきた所である。
 こんなときは、ふっと気が抜けたりするために体調を崩しがちなものであるが…
 馬場正平も、例に漏れず風邪でダウンしていたのであった。

「うぅ、詩織ぃ…」
39度の熱で、頭がボーっとした感じで正平がうめく。
「もう、無理しすぎなのよ、正平は。最近、部活に文化祭にバイトでしょ?勉強も手を抜いてなかったみたいだし、一体いつ休んでたのよ…」
(まあ、その分こうやってゆっくり看病したり、お話したりできるんだけど…)
 などと不謹慎なことを考えながらも、藤崎詩織の手はかいがいしく濡れタオルを絞っていたりする。
「でも、今はちょっと休んでいられないんだよ。バイトの方で手が足りなくって、今週はフルで働く約束になっていて…俺まで休んだら、店が回らなくなっちゃうよ…」
 正平が、ちょっと咳き込みながら詩織に言う。
「そういうことは、とりあえず回復してから気にするの!」
 詩織が、ちょっと怒った感じで、正平の頭を小突く。正平とは幼馴染なので、普段は優等生の詩織も、珍しくこんな姿を見せる。
「そんなに心配なら、店の方に電話してみれば?まあ、どんなに大変そうでも、こんな身体で外には出す気ないけどね。」
 すっかりお姉さんのような口調で、詩織が言う。実際、昔からなんでも詩織の方が先んじていることが多いので、二人でいるときにはいつも詩織はこんな感じだ。正平は、ちょっと苦笑しながら、携帯に手を伸ばした。

 実際、最近の正平の多忙さは際立っていた。最近では成績が上位に食い込むほど勉強もし、放課後はテニス部とバイト、文化祭でのクラス幹事、さらには好雄や女の娘とバカ騒ぎとただでさえ24時間態勢で活動している上、急にバイト仲間が数名辞めてしまい、ここ1月ほど余裕がある時間は全てバイトのシフトに入っているのである。
 特に、今週はバイトの人数が全く足りず、ほぼ正平頼みに近い状況だった…

「…やっぱり、人数足りないってさ。なんとか出られないかって頼まれたんだけど…」
 携帯を切って、苦笑しながら正平が言う。この調子だと、這ってでも仕事しそうな気配だ。
「全く、責任感あるのは判るんだけどねぇ。」
 詩織は、完全にあきれた、といった風だ。そして、ちょっと考えて、正平に言った。
「それじゃ、私は明日しかダメだけど…なんとか代理でバイトできそうな人を探してみるわ。これでどう?」
「そんな、悪いよ。でも、そうしてもらえると助かるなあ。」
「ううん、任せといて!その代わり。ちゃんと身体治すのよ?」
 詩織が、どん、と胸を叩いて言った。

「…というわけで、みんな何とかならないかしら。彼のためだから、普段のわだかまりは置いといて、協力しようと思うんだけど…」
 詩織が、女の娘達を集めて言った。
「あ、あの、詩織ちゃんの言う通りだと思うの。私は、やってもいいよ。」
「まあ、ちょっと私も無理させすぎちゃった気がするしぃ。ちょろっとやっちゃおっか!」
「そ う で す ね え 。 私 も 、 お 手 伝 い さ せ て い た だ き ま す ね 。」
「うん、先輩のためなら、頑張っちゃうよ〜!」
「全く、自分の体調も把握できないなんて、サル以下ね。ま、研究も一段落ついたから構わないけど。」
「ありがとう!じゃ、この6人で今日から日曜まで、一日交代でお手伝いしましょう!」
 ここに、謎のお助け隊が誕生したのであった(爆

その日の放課後(火曜日)。
「いらっしゃいませ!ご注文は何にいたしますか?…はい、では繰り返させて戴きます。ビックヤックセットがお一つ、お飲み物は…」
 詩織が、マニュアル通りにてきぱきと仕事をこなしていく。
(いやぁ、正平君の幼馴染ってことだけど、良く働いてくれるなあ。いつも来て欲しいくらいだよ)
 店長も、満足げに頷く。
(これは、明日からのヘルプも期待できるかな…)
 もちろん、世の中はそんなに上手くはいかないのである。

水曜日。
あ、あの…ご注文は…何に…」
「え?あ、チーズバーガー3つと、ヤックシェイクね」
「は、はい、シェイクはどちらにいたしますか…」
「ちょっと、よく聞こえないんだけど!」
「す、すいません!うぅ…」
(なんか、今日の娘は大人しすぎるなあ…明日は大丈夫かな?)
などと店長が思っているのだが、当然大丈夫ではなかった。

木曜日。
「ねえねえ、何頼むの?ビックヤック?フィレオフィッシュ?それよりさぁ、今度新製品出たじゃんか。それにしよ?それ!ほらぁ、月見のやつ!ちょっとお、まだ決まらないの?いつまでかかってんのよぉ!ほらほら、男ならサクッと決める!…」
(…明日は…)

金曜日。
「 え ー と 、 で は ご 注 文 を 繰 り 返 さ せ て い た だ き ま す 。 ち ー ず ば ー が ー が お 一 つ 、 て り や き ば ー が ー が セ ッ ト で お 一 つ 、 お 飲 み 物 は … お 飲 み 物 は … は て 、 な ん だ っ た で し ょ う ね ぇ ? 」
(…明日…)

土曜日。
「はい、お席までお持ちいたしますので、少々お待ち下さい!…あ〜ん、やっぱり帽子が上手くかぶれないなあ、っと(ドン)ああ、ごめんなさい!わざとじゃないんで(ドン)あっごめんなさい!!えっと、すいません、お待たせし(ドン、ガッシャーン!!)あああああ!!すいません、すいません!」
(…)

日曜日。
「全く、この混雑も、設備が不充分なせいね。もっと客を早く捌くためには、食料の調理速度とレジの反応速度を…」
「ちょっとバイト、接客の方にまわってもらわなきゃ困るよ!」
「うるさいわね、ちょっと黙りなさい。ふん、この部品をここに接続して。ふふふ、私の計算ではこれで調理時間が最低でも半分以下になるわね。」
「ほら、混んでるんだから早く調理しないと間に合わないでしょ!」
「あら、そこのスイッチを押すと」
ちゅどーん!!
「ふん、少しだけ出力が強すぎたようね。実験のやりなおしだわ」
何故か一人だけ埃一つかぶらずに、呟く。
(…今日で…終わり…)

そして、月曜日の放課後。
「詩織、ありがとうな。おかげで一週間ゆっくり休めたよ。もう、体調もバッチリだよ!」
「そ、そう…」
 額に冷や汗をたらし、視線を逸らせながら詩織が答える。
 妙にどんよりとした空気が流れる。
「…今日も、バイト、行くの?」
 上目遣いで、慎重に言葉を選ぶ。
「ああ、店には迷惑かけたし。今日は早めに行くよ。」
「そ、そう…じゃ、じゃあ、私はもう帰るね!お先に!」
 詩織がそそくさと教室を出ていく。
(なんか、変だなあ…他にも、妙によそよそしい態度の娘もいるし…)

 正平が颯爽とバイト先に行くと、妙に荒れた店内と、疲れ切った顔の店長が出迎えて、一言いった。
「正平、お前、クビ。頼むからもう来ないでくれ…」

(一体、何があったんだ〜〜!!)
多分、誰も正平の疑問には答えてくれないだろう。

FIN

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