*** 正平 1

 キンコーン…
 終業を知らせる鐘の音が鳴る。

(ふう…やっと授業もおわりか…)

 なんて考えながら、右手は既に通学鞄を握り締めている。
 部活をやっている連中は、いそいそと着替えたり練習の準備をしているが、帰宅部の俺には関係ないことだ。

「おぅ、今日もまたお早いお帰りで!」
 帰る準備万全の俺を見て、好雄が笑いながら言った。
「なに言ってんだよ、お前だってさっさと帰るんだろうが。」
「かぁ〜、俺にだっていろいろと予定があるんだぜ!例えばだなぁ、今日は女子バスケ部のチェックに行かなきゃいかんし、宇佐田ヒカルの新譜も買いに行かなきゃいかんし…」
 と、延々喋り続ける。相変わらずのしょーもない予定だが、これだけ精力的に動き回るってのは、ある意味尊敬に値する気もする。
 「とまあ、これだけ好雄様が忙しいのは判っていただけたとして、だ。あ、そうだ、ついでに隣町のヤックでバーガーでも食べるかな。」
 ギクリ。
 好雄がニヤッと笑って、ひそひそ声で続ける。
「俺の目は誤魔化せないぜ…なんの為にやってるのかは聞かないでおいてやるから、今度割引券、頼んだぜ!」
 全く、抜け目のない奴だ。こいつの情報網は、いったいどうなってるんだ?
「ああ、判ったよ。そのかわり、言いふらしたりいきなり現れたり、ってのは無しだぜ?」
「OK!さすが俺の相棒、話が早いぜ。それじゃ、お先にな!」
 そういうと、体育館目指して好雄がダッシュで走っていった。どの娘が目当てかは知らんが、こういうときの好雄はベンジョンソンより速い。
「さて…俺もさっさと行くかな。」
 何気なく呟いて、席を立った。立とうと思った。
「あ〜〜〜!正平、正平!!ちょっとそこで待ってなさいよ!!」
 嫌な予感がした。で、そういう予感ってのは必ず当たるものだった(とほほ)。

「ねぇねぇ正平、今日一緒に帰らない?ちょっとゲーセン付き合ってよぉ」
 教室に飛びこんできたのは、予想通り朝日奈夕子だった。ま、「予想通り」なんていっても、あの賑やかな声を聞き分けられない奴は、少なくともこの学年にはいないだろう。それに、朝日奈の声なら、俺はどこだって…
「ねえ正平。あんた最近付き合い悪いじゃんよ。なんかあたしに隠し事でもあるわけ?」
「そ…そういうわけじゃないけど…」
 それを聞いて、朝日奈さんが俺の袖を引っ張っる。で…うわ、笑顔だけど、逆らえない雰囲気…
「よし!それじゃ、サクっと行こうっ!!ねえ、行くわよね?」
って…でも、俺は今日は用事がある。いくら朝日奈さんの頼みでも、まずいものはまずい。
で、最後の手段。
「あ、好雄がまた振られてる。」
 窓の外に視線をやり、でまかせをいう。
「ええっ、どこどこ!?」
 つられて朝日奈さんが窓の外を見て、手を離す。その瞬間。俺はドアに向かって駆け出した。
「それじゃあ、お疲れ様〜〜」
 好雄直伝、必殺「三十六計」。一瞬なにが起こったか判らない顔でぽかんとしている朝日奈さんに挨拶して、あとは一目散。
「あぁもぉ、なんなのよぉ一体…」
 遥か後ろで、ちょっといらついた朝日奈さんの声が聞こえた。

*** 夕子 1

「なんなのよぉ、一体!私がなにか悪いことしたっていうの?全く。ねぇゆかり、どう思う?」
 正平に体よくあしらわれた私は、下駄箱のところでゆかりを見つけて、予定を変更して隣町へショッピングに来ていた。
「そおですねえ、何かお気を悪くなさっていたんでしょうか…一昨日夕子さんが移動教室に走っていくときに全速力で激突されたこととか、先日辞書を借りたあと、放課後まで返さずにいたこととか…」
 うぐ。思い当たる節が一杯あるわ。
「そ、その程度のことで怒るなんて、器が狭いっていうか〜…」
「それだけではなくて、もっといろいろなことをされたような気がいたしますけれども…」
「ま、まあいいじゃんか〜 ^^; そうそう、ゆかり、おなか空かない?ちょっとヤックでも寄っていこうよ。」
 ふう、やぶへびだわ。
「そおですねえ、よろしいですよ。」
「よっしゃ、それじゃ行こ行こ?」
 ゆかりもそれ以上突っ込む様子はない。
(まあ、ここから気分を変えて遊ぶ方に集中しよっと。)
 そう思いながら、ゆかりの手を引いて手近のヤックへ飛び込んだ。

*** 正平 2

(流石に土曜の午後なんてのは、客が多いなあ…)
 俺は、ヤックのカウンターで必死にレジを打ちながら、何気なく考えていた。
 土曜日の午後を中心にシフトを引いたバイトも、結構慣れてきた。初めは本当に単なるお荷物だったが、今では0円スマイルを振りまいてレジを打つのにも、少しばかりは余裕がある。
 外を何気なく見ると、学校帰りの高校生あたりが特に多い。それなりに若者向けの町だから、余計に人は集まるみたいだ。見なれたきらめき高校の制服も、時々見かける。いかんいかん、仕事に集中しないと。
「はい、いらっしゃいま、ま、ま、…」
 カウンターの向こう側には、見知った顔が2つ。三つ編みのおっとり顔と、シャギーで活発そうな顔。二人とも、大きな黄色いリボンがついた制服。
(…よりによって…)
もっとも、朝日奈さんの行動半径を考えれば、この辺りは危険地帯であることを考えていない自分が悪い。
「あらまあ、馬場さんではありませんか。」
 びっくりしている朝日奈さんの横で、古式さんが口を開く。
(この娘はなにかに動じるなんてことがあるんだろうか?)などと思うくらい平然とした態度だった。
「ま…まぁ、見ての通りだよ。ところで、ご注文の方お決まりでしょうか?」

*** 夕子 2

「な〜にが、「ご注文の方」よ〜、もう!バイトで忙しいならそういってくれればいいじゃんよ。」
「はあ、そうですねえ。」
「ゆかりもそう思わない?なんか隠し事されてるみたいっていうか〜、そういうのって嫌じゃん。」
「はあ、そうですねえ。」
 う〜ん、なんかゆかりを見てると、私一人で怒ってるのがバカらしくなってくるわ。
 それに、よくよく考えれば私に言わなかったってだけで、なんでこんなに怒ってるんだろう…
「なんでも、予定よりお金がかかりそうだから、アルバイトをされるとおっしゃっておりましたが、こんなところで働いてらっしゃったんですねぇ〜」
 ぴくん。
 ちょっと待って、それって…
「え?じゃあなに、ゆかりは正平がバイト始めたの知ってたの?」
「はい。以前ご相談されましたので、存じておりましたよ。」
 じゃあ何?私だけ除け者ってこと?
「なんで教えてくれないのよ!なんか、そういうのってすごく嫌な感じ〜!大体、正平の奴彼女も居ないくせに、何にそんなにお金がかかるっていうのよ。あんた相談されたってことは、全部聞いているんでしょ?」
 あ。
 なんか、すごく嫌な怒りかたしてるよ、私…
「それは、夕子さんには内緒です。」
 烏龍茶を一口飲んで、にこにこしながらゆかりが言う。
「あ、そう!じゃあいいわよ!私、悪いけどちょっと気分悪いから、今日は帰るわ!じゃあね!」
 自分で思ってたよりもずっと大きい声が出てしまう。ヤバ。みんな注目してるわ。
 でも、なんか親友2人に仲間外れにされたような感じで、今は居心地が悪すぎる。
 ぽかーんとしているゆかりを置いて、どんどん店の外へ出る。今日は、本当にもう家に帰ろう。
「…あまりお加減がよろしくないにしては、激しく動いておりましたが、大丈夫でしょうか…」
 ゆかりが、的外れなことを呟く。
「ところで、この残ったポテトは、どういたしましょうか。食べ物は粗末にしてはいけないと教わったのですが…」最後まで的外れなゆかりだった。

*** 正平 3

『…ということで、なにか夕子さん怒ってらっしゃったようですよ。』
「あ…ありがとう、古式さん。わざわざ電話してくれて。」
『いいえ。それでは、失礼いたします。』
「いえいえ、こちらこそどうもありがとうございました。それでは失礼いたします。」
ガチャン。…どうも言葉がうつっちゃうなぁ。
 それはともかく。
「ったく…ようやく今週でバイトも終わりで、あとは買い物行って終わりだと思ってたんだけどなあ…」
 よりによって、という感じだよ。
 来週、朝日奈さん挨拶してくれるかなあ…

*** 夕子 3

 月曜日の朝。
 昨日は一日雨でどこにも行けなかったし、学校始まった途端このいい天気。ふざけんじゃないわよ、って感じ。しかも、あっちから歩いてくるのは…
「…おはよう、朝日奈さん。」
 正平が、遠慮がちに挨拶してくる。
「なによ、なんか用?」
 我ながらそっけない。
「バイトのこと、言わなくて悪かったよ。ちょっと、いろいろあったもんでさ…」
「へえ、ゆかりには言えても私には言えないんだ。怪しいなぁ。何、あんたゆかりと付き合ってんの?」
 …なんか、自分で言ってて嫌んなってくるわ。
「じゃあ、これから放課後も誘えないね。あんたたち2人で、仲良くやってたら?」
「違うよ!古式さんには聞きたいことがあって、隠してってのも悪いと思ったから…」
 必死に弁明してる。判ってる。正平は別に悪いことをしたわけじゃない。けど。
「じゃあ、なんで急にバイトなんかしてたの?何か欲しいものでもあったわけ?」
「それは…でも、本当に悪かったよ。それに俺、古式さんに惚れてる訳じゃないし、バイトの理由もすぐに教えるから、機嫌直してよ。それに、もうバイトも終わったから…あ、もう学校だ。」
 あ、本当。話しながら歩いてると、学校も近い気がするわ。
「判ったわよ…じゃ、今度カラオケおごりで手を打つわ。たっぷり稼いだんでしょ?」
 そう。いつまでも怒ってるのも私らしくない気もするし。これで良しとしておこう。それにしても、バイトの理由ってのが気になるわね・・・

*** 好雄 1

 放課後。俺は正平に昨日の顛末を聞いていた(といっても、古式さんからの又聞きだが)。
「というわけなんだよ。好雄、ひょっとしてお前にも話さないで悪かったか?」
 正平はバイトのことを言ってるんだろうか。
「そんなの、俺んところにはすぐに情報入ってくるぜ。大体が、お前がこの時期に金が入用になるなんてのは、自明の理だろうが。」
 正平の顔が赤くなる。うむ、やっぱりビンゴか。
「まあ。どうせ今日はまだ最後の仕上げがあるんだろ。あいつに捕まらないうちにさっさといきな!売り切れちゃっても知らないぜ?」
「そうだな。じゃあ、また明日な。」
 そういって、正平は急ぎ足で教室から出て行く。
「…ねえねえ、早乙女君いる?」
 一呼吸おいてから、正平と入れ替わりに大きい声が教室に響き渡る。まあ、教室の距離を考えれば、怖いくらいに予想通り。
「なんだよ、朝日奈。そんな大声でなくても聞こえるぜぇ?まあ大体用件は予想ついてるけどな。」
「そんなら話早いわ。ねえ、正平ってなんでいきなりバイトなんかしてたの?」
「そんなの知らないぜ。まあ、ちょっと考えれば判りそうなもんだけどな。」
(まあ、知ってても相棒を裏切るわけにもいかんけどな。)
なんて思いながら、適当にあしらう。
「なによ、ヒントくらいくれたっていいじゃない?友達甲斐ないなあ。それでもあんた情報通のつもり?」
「あのな、俺は男の情報集める趣味はないの。大体が、あいつにとって10月の大事なイベントなんて一個しかないだろうが。もっと考えてみろ。」
「なになに?文化祭?」
 ガク。…こいつも、自分のことは全然わかってないな。もっともそうじゃなければ、ずっと前に俺が…
「ねえ、ちょっと聞いてる?」
 朝日奈の声で、ふっと我に返る。
「ま、どうせすぐわかるよ。あと何日もないし。ところで、ヒマならちょっと喫茶店でも行かないか?この間いいとこ見つけたんだぜ。」
「本当本当?よっし、じゃあサクッと行ってみよっか!」
 簡単に乗ってくる。あしらいやすい奴。しかし、こいつ本当にぜんぜん気がついてないんだろうか?俺はちょっとあきれていた。
 急に、朝日奈が立ち止まって、遠くに向かって叫んだ。
「あ〜、ゆ〜か〜り〜〜!!あんたも喫茶店行かない〜〜!!?」
 廊下の端に、古式さんの姿が見える。俺は、ちょっとだけ失礼なことを考えていた。
(ボケってうつるのかな…)

*** 正平 4

 商店街。このあたりでは一番大きいデパートに、俺は来ていた。
(うー、やっぱりいざとなると入りにくい。)
 ある店の前で、俺はうろうろしていた。
「あの、何かお探しでしょうか?」
 見かねて、店員さんが声をかけてくる。
「い、いえ!別にプレゼントを買おうとか、そういうわけでは…」
 俺はバカか。店員のお姉さんが、くすっと笑った。
「彼女にプレゼント?あ、ひょっとしてこの間テレビでやってた…」
 こういう男客にも慣れてるのだろうか、店員さんの態度も好感が持てる。
「…すいません、お願いします…」
 俺は腹を決めた。

*** 夕子 4

 10月17日。
 今日は、私の誕生日だ。そう思うと、なんだか少しえらくなった気がする。
 最近、カリカリしてたことも多かったけど、流石に今日はいい気分だわ。珍しく早起きなんかもしちゃったし。
 (う〜ん、たまには早く学校行くのもいいわね。)
 なんて考えてると…あら、前にいるのは正平だわ。
「おはよっ」
 後ろから肩を叩く。
「わぁっ、朝日奈さん!!なんでこんな時間にいるの?今日、早朝集会でもあったっけ?」
 うぅ、いくらなんでもあんまりだわ。ちょっと遅刻が多いだけじゃない。
「ちょっと、失礼じゃない?ところで、この間の話、いつおしえてくれんのさ〜。ほらぁ、バイトの話。」
 いいかげんしつこい気もするけど、なんか気になるのよね。結局、ゆかりも早乙女君も教えてくれないし。
「ああ、じゃ、放課後いいかな。」
 あれ?なんか嬉しそうに見える。いつもは、この話題振ると困ってたのに。
「んじゃ、放課後ね。どっかでお茶でもしようよ。」
「OK!じゃ、あとで朝日奈さんの教室にいくから。またあとでね。」
 うんうん、今日はなにか朝からいい感じだわ。
 そんなことを考えながら、教室に入っていった。

 

「…で、何でバイトなんか急にやり始めたの?」
 放課後、この前早乙女君に教えてもらった喫茶店で、いきなり切り出した。どうでもいいけど、この店雰囲気いいわ。さすが早乙女君って感じ。
「うん…実はさ、この前テレビでアクセサリーの特集やってたじゃない。ほら、大輔屋に入ってる店。」
 確か、最近やってた番組の話。ゆかりと学校で『あれ超良かった〜♪』なんて話した覚えがあるわ。
「うんうん、それで?何まさか、あれで女装に目覚めちゃったとか〜」
「なんでそーなるんだよ^^;」
「あ、やっぱり?ジョーダンよ、ジョーダン!」
「で…古式さんに、朝日奈さんがすごく気に入ってたって聞いて…これ。」
 そういって、鞄から小さな箱を取り出す。
 え、これってもしかして…
「誕生日プレゼントなんだけど…貰ってくれるかな。」
 でも、あれってすっごく高くて…早乙女君が言ってた「一番大事なイベント」って…
「ダメかな?」
 正平が、ちょっと不安そうにこっちを見る。
「そ…そんなことあるわけないじゃない!ありがとう、もう、超サイコー!」
 本気で嬉しかった。
 今まで、いろいろ説明してくれなかった理由が、ようやくわかった。
 それに、なんで私があんなにイライラしてたかも…
「良かった。…まあ、こういう理由でさ、朝日奈さんに言うのもなんか恥ずかしくて。」
 正平が、頭を掻きながら言う。
「誕生日おめでとう、朝日奈さん。」

*** おまけ

「で、今日はいろいろ遊びに連れてってくれるんしょ?」
「それはもちろん。どこでも好きなところ行こうよ。」
「んじゃ、とりあえずここでもうちょっとお話して、カラオケ行こうよ!あ、まだバイト料残ってんでしょ、黙ってた罰として正平のおごりだかんね。あ〜!お姉さん、ケーキ追加ね〜!!」
「うぐ、判ったよ^^;」
 そう、このままあっさり喜んで終わりじゃ、この夕子さんらしくないっしょ!

FIN

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